DETAIL
格付け第3級に制定されるラグランジュのシャトーの歴史は古く、すでに17世紀初頭には、王室砲兵隊長のジャン・ド・ヴィヴィアンの所有であったことが古文書に記されています。
「1704〜1724」年版のマッセのワイン地図にも、既にラ・グランジュの名で書かれており、さらに、19世紀には、ルイ・フィリップ朝で商農大臣・大蔵大臣・内務大臣を歴任したデュシャテル伯爵が所有者となり、シャトーの名声を栄光の頂点までに引き上げています。
伯爵は城館や醸造所をボルドーでも屈指の規模のものとしたばかりか、ブドウ園の土中に素焼きの土管を埋め水はけを良くするなど、今日まで受け継がれている画期的な栽培技術を開発し、さらにワインの品質を向上させ、1855年の格付け制定で第3級に制定されたのも、デュシャテル伯爵の所有時代のことでした。
その後、ゆっくりと不遇の時代へと向かい、1925年に所有者となったセンドーヤ家の時、1929年の大恐慌と戦争に巻き込まれ、シャトーは経済的に没落し、城館は荒廃し、畑は切り売りされる状況に追い込まれます。
1983年日本のサントリーが購入し、初の日本資本による格付けシャトーが誕生しました。
欧米以外の企業によるフランスのシャトー所有に関して、フランス政府から認可が下りた初めての事例でした。
このとき既に伝説的とも言えるCH.マルゴーの再生を達せしていたエミル・ペイノー博士の指導やCH.レオヴィル・ラス・カースのミシェル・ドロン氏の監督のもと大胆な改造計画が行われました。
新生ラグランジュの総責任者としてペイノー門下の高足マルセル・デュカスを迎え入れ、サントリーから同じくペイノー門下の鈴田健二が加わり、畑の改良・醸造設備の投入など徹底的に改革が行われ、ワインの品質の向上は勿論のこと、静かな庭や湖に野生生物が集う美しいシャトーへと復活を遂げました。
このCH.ラグランジュにおける変化を、1990年「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙が、敢えて取り上げているほどです。
他の多くのボルドーのシャトーの畑と異なり、珍しく分割されて居らず、ワインの価格は向上してきた品質レベルにしては、低く抑えられているとてもお買い得な注目のワインです。
格付け ボルドー・メドック地区格付第3級(1855年)
A O C サン・ジュリアン
畑位置 サン・ジュリアン・ベイシュヴェル村
畑面積 109ha
年間生産量 2万3500本
平均樹齢 45年
ブドウ品種 カベルネ・ソーヴィニョン 73%、メルロ 27%
収 穫 全て手摘み(最大100人動員)
タイプ 赤のフルボディ
特 徴 深みのある色調で、黒系果実やスパイス、程良い樽の香りが優美に溶け込み、タンニンと酸味の調和が見事に取れた味わいです。
料理
チーズ 牛のヒレ肉の網焼きや牛ヒレのステーキ・バターソースや赤ワインソース、牛赤身肉のカツレツなどが合う。
チーズでは、白カビソフトタイプのカマンベール、ウォッシュタイプ・ソフトのポンレヴェックやショーム、青カビタイプのスティルトンなど。
セカンド レ・フィエフ・ド・ラグランジュ
2009
ヴィンテージ情報
カベルネ ソーヴィニヨンの究極の品格が表現された偉大な年。平年を1℃下回る寒い1,2月に続き、3月にようやく寒さが緩みました。雨の多い温暖な4,5月の後、6月に天候が回復、気温も平年より2℃高く、平年を30%も上回る日照時間に恵まれた結果、開花は平年より数日遅れの6/1からほぼ一斉に進みました。7月の好天で遅れを完全に取り戻し、ヴェレゾン(着色)は7/31から8/13と短期間に終了。乾燥した好天続きの8月は、ブドウが理想的にゆっくりと生育、9月も乾燥した好天が続きました。日中の暑さと夜間の涼しさが、アロマや酸が適度に保たれたブドウを育くみ、9月末から10月にかけて理想的な条件のもと、完熟した健全なブドウ果を収穫。9/28にメルロの収穫開始、カベルネ ソーヴィニヨンは10月中旬まで待つことで、傑出したブドウを収穫することができました。10/16に全収穫を終え、神秘的で心地良い味わいのワインを生み出しました。